先生の答え

前回の話。

コミュニケーションについて大切なことを話し合った後、姿勢や、相槌など表面的な答えを結論として出した。

もちろん大切なことだと思う。聞く姿勢、態度によっては相手が不快に思ったり、話をしようという気持ちが欠けてしまう。

しかし、それらのことはコミュニケーション、いや、人と関わることにおいて当たり前のことだよな。

その授業の先生は1人1人の意見を一切否定しない。真剣に聞いてくれ、肯定してくれる。

そんな姿勢で質問されると自然とありのままで話すことができる。こんな人はなかなかいない。

その先生の経歴は言うまでもなく、恐れ多いものであるが、そんなのを考えなくても人として惹かれるものがある。

1人1人にさらに深く質問をする先生。

明らかに自分たちが気づいていないことを気づかせようとしている。

沈黙の中、口火を切った生徒。その生徒に「なぜ口火を切ったのか?」と。

誰かがしなければ始まらない。みんなその気持ちはあった。自分もだ。ただその生徒には勇気があった。

しかし先生はさらに深く質問する。

「なぜあなたは勇気があったのか?」と。

「今までそう言った経験があったから。」なとど答えた。しかし先生はさらにさらに深く探り、何か答えを導き出そうとしていた。他の生徒たちにも質問をしたが、先生が言いたい、気づいてもらいたい答えでない。

その後、ある生徒がある「責任感」という言葉を言った。

そうだ。その生徒には責任感があった。

そして最終、先生はその責任感が生まれたその背景には何があったのかと問う。

僕はそこで1つの答えが浮かんだ。先生があらゆるヒントを出していたので分かってた人もいただろう。

責任感が生まれた背景。それは他の人の気持ちを考えることができたこと。

思いやりがあったからだ。

どんなに表面的なことができていたとしてもコミュニケーションをとっていく中で、相手を理解しようとすること、思いやりがなければコミュニケーションは成り立たない。

思いやり。当たり前のように持っているものだと思う。でもいざ質問されると思いやりという言葉が出てこない。

何か物凄い大事なことを学んだ気がする。

思いやりが大切ていうことは分かる。でも本当に無くてはならないもので、極端にいえば思いやりさえあればコミュニケーションは成り立つ。

そんな大切なものを中途半端な考えでしか持っていなかった。

僕だけでなく他の人生徒の心にも響いているはずだ。改めてこの先生は偉大だなと感じたな。

こんな人にまた教えてもらえるなんて幸運すぎる。

なんせ自分だけだ。2年も同じなのは。

たった1時間半の授業でこんなにも考えることがあるとは。あの授業以来、毎日のように振り返って考えている。

知り合いが皆無な状況で窮屈な気持ちがあるがこんなにも成長を感じる授業は他にない。

多分、毎週この授業についての記事が多くなるな。

また随時、記事にします。

 

 

 

 

 

 

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Posted by こぶし